日々の切れはし 〜50才からの目線〜

平穏で静かで小さな発見がある。一見何と言うことはないこんな日々を積み重ねると人生というタペストリーが織り上がる。小さな日々の切れはしを誠実に積み上げていくことこそが幸せ。そして幸せになるための工夫、幸せのための時間を確保するための効率化、努力を精一杯。

WMの夢と現実

 小気味のいい夢を見た。

前の会社に戻り働いている。3年休むとやっぱりがんばれるな、と思っていたら、折り合いの悪かった上司と面談設定。

上司はみんなに面談アピールをするので、頼みに行ったら思わせ振りに断られる。断られた理由は他のワーママに子供が熱で面談をすっぽかされたから。3人連続で。だからワーママである私の面談も遠回しに拒否られる。かなり食い下がったが、もういいやと思い「もう結構です。ありがとうございました!」と啖呵を切ったらあちこちから称賛の声。

(在職中に言ってみたかった。)

その勢いで地下から階段を上りエレベーターに乗り継ぎ最上階の12階のボタンを押し、上に上がっていくところで目覚まし時計が鳴って起きた。

階段やエレベーターを上がるというのはいい夢だと夢辞典で読んだ記憶がある。

 

 昨日夜7時過ぎ犬の散歩で近所を歩いていると、遠くに小さな人影が見えた。だんだん近づいてきて、近所の小学生だとわかった。真っ暗な道をゆらゆら揺れながらゲーム画面に目をつけたまま通り過ぎた。挨拶は無かった。ゲームに夢中になっていて気づかなかったのかもしれない。

その子の両親はフルタイムで働いていて、恐らくあの時間でも家には誰もいない。彼が新入生の時、毎日どこか痛くなって家に戻り、しばらく集団登校に参加しなかった。家に帰ると母親が一緒に学校に行ってくれるのがわかっていたから。母親からすまなさそうに一緒に行けない連絡を受けながら、全く私は気にしなかった。甘えられる時に甘えたら良いと思っていたから。小1のプレッシャーはわかる。

あの子は2年になって親も安心したのだろうか。

私は子供が5年の時に会社を辞めた。間に合ったとは思っていないが、小学生が誰もいない家に帰ることを最後の二年間だけ回避した。働くのに賛成していた子供がいつしか鍵を持たずに出るようになった。家に私がいるのが当たり前になった。

  3年経ち改めて私の場合は仕事を辞めてよかったと思う。子供の将棋大会を休んで部下の尻拭い。子供を一人家にいさせての出張。あの仕事はWMは不向きだった。頑張り続けられたかもしれないが、家庭での私は空洞になり、注意は仕事に向いていた。あそこでキャリアもお金も投げ捨てて辞める甲斐はあったと思う。

広告を非表示にする