日々の切れはし 〜50才からの目線〜

平穏で静かで小さな発見がある。一見何と言うことはないこんな日々を積み重ねると人生というタペストリーが織り上がる。小さな日々の切れはしを誠実に積み上げていくことこそが幸せ。そして幸せになるための工夫、幸せのための時間を確保するための効率化、努力を精一杯。

キラいになれない。

 以前、「着物嫌い一歩手前」という記事を書いた。

 

minshika.hatenablog.com

 その頃は、無駄遣いをせず貯蓄も増えていて「いいぞいいぞ」という時で、欲しくなりそうな物を見てもぐっと我慢ができた。これで金食い虫の着物を嫌いになれれば、最低でも興味がなくなれば、順調に進んでいくはずであった。

 

  3月に入り、昨年23万円を使った着物の展示会は何とかやり過ごせた(インスタを見ても触手がわかないばかりか、直メールがやってきて余計嫌になった。)直接の宣伝メールの上に、着付けの先生から「来週はそちらにおでかけかな」と同様な宣伝メール(先生には宣伝の意味はないので挨拶がわり?)。しかし、インスタを見て唯一いいなと思った帯留めをゲットしていたのはさすがであったけど。

 着物の先生である。劣等感を刺激されるので、こちらからは連絡を絶って、いたのに、あろうことかむこうからメールが来てしまった。

 そして、昨年着物を着ておでかけをしたいがために、着物を通じて知り合った着物友達というべき人を誘いまくったのに、全くのってこないし、おでかけもできなかったので、こちらも切ろうと思っていた矢先、向こうから連絡がきた。それも先生の次の日である。正確に言うと次の次の日だ。うれしくなった私はついつい自分から次の日に先生に連絡をとってしまい、あろうことか観劇のチケット手配までがんばることになってしまったのだ。

 

 何だかその人は着付けの先生に取次ぎをしてもらいたい様子。行間を読み取った私は「では一緒に教室に通いましょう」と提案をしてしまった。おまけに先生との橋渡しもかってでた。

もう、重症である。

 

ここで私の我慢の尾がぶちっときれた。

見て見ぬふりをしていた次の展示会に連絡を入れ、昨年なら欲しかったのに、とあきらめをつけていた帯の取り置きをお願いしたのだ。

この帯のおそろいのバッグ2種はインスタでチェック済み。もし引き取りに行った店頭にそれが置いてあれば、恐らく私は手に取るだろう。

これでも止まらず買い物癖が復活し、今日は次々とネットショッピングをした。いわくアトリエナルセの新作のスパッツにソックス、秋の演目にぴったりな薔薇のブランドもののバッグ、財布である。

堰を切ったように、買い物癖がもどる。

これって禁断症状から抜け出れなかったということなのかな。

発端は着物友達からの一報であるが、冷たく切れなかった私の弱さというか着物への未練というか。買い物を禁断し始めて気づいたが、一度「ほしい」と心に刻まれたものはなかなか消えない。機会があるごとに目にちらつき、販売期間が過ぎても必ず手に入れてしまおうとする。その場合、期間が過ぎているだけに手数料などかかったり、品物が古くなったりして、より大変である。しかし手に入れたいと一度思うとなかなかしつこく心に居座る。なので、あの帯も悔いがないように他の物も買わなければならない。その際欲しい心を次なるものに火をつけないようにしないと。

 

買い物癖が戻ってがっかりしたが(以前より買い物に対して罪悪感が芽生える。)

これを逆手にとって、先生のレッスンまでにがんばって体重を減らそう。もう「大きい人」といわれないように。

健康的な食事、控えめな夕食、ウォーキングでやせよう。

そしてもう一つ逆手にとって、せめて1回ずつは手を通せるよう買いまくった着物をきていこう。