日々の切れはし 〜50才からの目線〜

平穏で静かで小さな発見がある。一見何と言うことはないこんな日々を積み重ねると人生というタペストリーが織り上がる。小さな日々の切れはしを誠実に積み上げていくことこそが幸せ。そして幸せになるための工夫、幸せのための時間を確保するための効率化、努力を精一杯。

着物熱ふたたび

 一旦は収まった着物熱。

現在はStay Home なので、オンラインショップをよく見る。

 

と、なぜか、普段ほとんど更新のない贔屓の着物屋さんが、頻繁に商品をUpしている。

 

この着物屋さん、1か月に10日しか営業せず、それも展示会のみ。

毎月どこかの作家さんとかの展示をしている。

しかし遠方なので、今まで2回しか行ったことがない。

行くと、オンラインショップとは比較にならないくらいの品ぞろえとディスプレイで、

どんどん買い込んでしまうことになるのだが。

 

このコロナショックで、展示会が中止になった。

中止になったので、その展示品をオンラインショップに上げているのだ。

居ながらにして、展示会を見ているようなもの。

 

かくして、どんどんほしいものが増える。

 

 その着物屋さん、なぜか今まで在庫として店でもっていたものもオンラインショップに出しだした。

おそらく余りの売れ行きの良さに、どうせ展示会もできないから、と棚卸を始めたか、のようである。

そして見ぬ間に売れていくのだ。

 

昨日もたくさん帯がUpされていて、躊躇することなくポチったら、「見たらもうSOLDOUTになってました」と泣きの連絡が入ったそうだ。

その帯は割合と安価だったので、速攻で購入したが、うーーーん、いいけど、惹かれるけど、どうしようかな、と思っていたまぁまぁの高級品(でも値段は伏せられていて特別価格だという、おそらく仕入れ元に配慮したのだろう、きっと割安の筈)を考え込んでその日は終わってしまった。

と、次の日みると、特別価格の帯4点の内3点がもうなくなっていたのだ。

恐るべしである。

 

だんだんポチり早押し合戦みたいになってきて、

ついつい燃えてしまう。

 

 

 Beforeコロナの頃、着物を着て出歩くことが億劫になっていたことを思い出して、何て贅沢な悩みだったんだろうと思う。

 

 もう着物は着ない、金食い虫だし、着たって私は見栄えしないし、なのに着物を着ているということで視線を浴びてしまうから。

と思って何点かは手放した。

 

 コレクションにしていた帯留めなどは、3分の2はメルカリに出したと思う。

ところが、そのメルカリが好評で、買い手からは「趣味がいい」だの「高級」だのやけに褒めてもらえる「いつも素敵な物を出されていますね。やっと買えました」なんて言われるとつい嬉しくなってしまう。

 当人は、おデブで50女で、ただただかわいいもの、ぐっと心に来る物を集めていただけなのに。

「私って、もしかして趣味がいい?」と勘違いしそうになった。

趣味がいいのは、私が買ったお店なのに。

 

しかし、自分の趣味に自信は持てた。

 

あと残っているのは、ここぞという着用シーンを決めている物だけ。

 

ベルサイユの薔薇」にぴったりの「ドレス」と「赤い薔薇」が入った帯

葉加瀬太郎のコンサートにぴったりの栗山工房の楽器の帯とバイオリンの帯留め、

エリザベート」にぴったりの、黒地にシャンデリアのような模様のついた帯に扇(オパールと真珠付)の帯留め。

 

とオタならではの一発勝負の打ち上げ花火のような帯と帯留めなのだ。

 

これは趣味云々ではなく、もうこの音楽、この劇を見るためだけのコーデであり

それを見るまで聞くまでは人には譲れない執念のこもったコーディネートなのだ。

 

でもそんなんじゃなくても、もっと着物を着ればよかったな、

デパートに買い物でもいいし、美術館に絵画鑑賞でもいいんだ

 

 

着物を憂いなく着れることがこんなにも幸せなことだったなんて。

再度燃え上がった着物熱。

こんどこそ、着てやるんだ。

アフターコロナに。