日々の切れはし 〜50才からの目線〜

平穏で静かで小さな発見がある。一見何と言うことはないこんな日々を積み重ねると人生というタペストリーが織り上がる。小さな日々の切れはしを誠実に積み上げていくことこそが幸せ。そして幸せになるための工夫、幸せのための時間を確保するための効率化、努力を精一杯。

1億円分の幸福は得られたのか?家を買うことと億万長者への分岐点

 ブログ更新が2カ月以上空きました。

その間主にアーリーリタイヤや米国株ブログ関連を読み漁っておりました。

沸々と湧き上がってきた疑問について書きたいと思います。

 

 誰でも投資すれば億万長者になれる。

というのは最近の通説です。仮想通貨とか株とかで億り人になった人の特集は目につきます。

本当になれるのか?と我が家で考えてみた結果、「なれる」というのが結論です。

但し、道を間違えなければ。。

 

 現在の持ち家は、4700万ローンと頭金プラス諸経費あわせて7000万ほどかかりました。

以降家に関しては手を加えた金額は

庭整備100万

私の仕事部屋増築 200万

ネコの逃亡防止と全天候型洗濯物干し増築 200万

近所の墓購入 100万

とざっと600万ほどかかり

 

近くに畑を借りた

年間10万

ペットを飼った

ペット関連費

年間30万

子どもを私学に行かせている

年間教育費100万

で10年で2300万で、上の600万をあわせて3000万弱かかっています。

 

ということは、持ち家をもって10年で1億円を費やしているということになります。

 

一方持ち家をもったことによって、家でのくつろぎやすくなり、「仕事やめようかな」と思い、私の仕事を辞めてしまったことで、最後の年収が900万ほどでしたから、

900万かける10年で9000万の機会損失

があったりします。

押しなべて2億円のマイナス

 

たらればですが、その2億円をはやりのamazon株(10年前なら格安)に投じていたなら資産は無限大、わかりやすくファーストリテイリングの株に費やしていても

で2011年で、当時1株10000円ほどみたいですので、現在66000円位になっているので、資産は少なく見積もっても6倍以上にはなりました。

して2かける6で12億円 

5億円ともいわれる超富裕層の仲間入りです。

 

12億円を年利2%で回したら年収2400万はいき、主人に仕事やめてもいいよ、レベルになっていたりします。

 

結論としては家を買ったことの機会損失は12億円ということになり、

我が家の場合は億万長者になれたというところです。

 

一方思い出はプライスレスですので

犬を飼った プライスレス

猫を拾った プライスレス

子どもの小学校が近くなった プライスレス

友達がかわって、私学受験をしようという志に変わった 未来にプライスレス

 

となりますが、ペット関連費用は年間30万ですし、年間教育費は100万となっていますので、プライスレスというわけにはいきません。

仮に子供が出世して食うのに困らなくなるという希望的観測にしろ、12億円分の価値があったか、私学受験をしなくて、効率的に子供が食うに困らなくなる可能性もあった。

のかもしれません。

 

振り返れば、家を購入するというのはかなりのリスクなんですね。

今は住宅ローンも完済して、純資産1億円をめざしてがんばっていて、達成可能な感じになってはいますが、

 

はたして、家を購入したことによる億万長者への機会損失を補えるくらいの幸福を家からいただけているのでしょうか?

 

近所の子供は小さくて、越してから永遠に外で騒がしく遊んでいて(越してから生まれた子供が多数?)、新興住宅地なのでまた若い家族が越してきて、子供が外で遊んで。。。のループがあるし、畑を借りたはいいけど野菜が出来過ぎで頭を下げて近所の人にもらってもらっている状態で、おまけに自治会役員を押し付けられて、ハードワークの主人が寝る時間を減らしてこなして、子供の文化祭は、敬老の日の祝い品を自ら熨斗をつけて買付にいって、半分した見れなかったし、

 

いいことあったんでしょうか?

 

機会損失ほどはなかった気がする、

 

しかし、

昭和の持ち家神話とか、犬猫を飼いたいとか、畑をやりたいとか

思っていた我が家なので、持ち家に憧れ続けていつかは購入したとは思いますし、

今のように株の勉強もしていないので、わかりませんが。

 

もう少し金融リタラシーがあったらな、せめて今位。

 

と思うのでした。

 

 

華麗なる家出

 なぜかホテルの、それもオリエンタルスイートと呼ばれる角部屋にいる私。

一泊10万、それもGW中、にも関わらずベッドルームにダイニイングルーム、キッチンまで付いた部屋に案内された。

クラブフロアは好きな時間に行って飲み食いタダってのは知ってるけど、なぜにどうして、1人には勿体ないほどの部屋。

 

4月は激動だった。

入学式、始業式、子供の高熱、の看病疲れでヘルペス再燃、かろうじて治ったものの、次の日に腕全体がガクンと脱力し硬直した。

着物離れを心に誓った途端の着物友達の誘い(昨年あんなに誘っても乗ってこなかったのに)、「大きい人」と揶揄された着付けの先生へのレッスン再開。再開日は、嵐でおまけに子供が高熱だったので、これ幸いにとレッスン一緒に行くのを断ろうとしたら、順延して一緒に行きましょうときた。

 

腕の脱力は戻らないし、しびれもある。動悸息切れ。ホットフラッシュはないものの、これはれっきとした更年期障害だ。

私には来ないと思っていたが、実母がひどかったのを思い出した。

 

何とか子供も回復、着物レッスンも何とかこなした。この後はハードワークで機嫌の悪い主人の機嫌とり。

4月から5月は毎年中の悪い舅の誕生日が近いせいか主人の機嫌は最悪。昨年はことのほか酷かったが、今年は、祝ってもいないのに先に古希内祝いが届く。これはお祝いの催促?これに加えて舅そっくりな自治会長の夜間訪問にパワハラ。でまた機嫌が悪くなる。

 

で、主人と一緒にでかけると気を使って仕様がない。でかけた次の日は子供の学校の懇談会で、行きたくはなかったが、しぶしぶ出かけた。行く前から歯痛があり、色々考えて、集会の後のクラスでの懇談会は出ず、こっそり帰宅しようと思っていた。がいつも親しいママに合わないのになぜか隣に座り会話が弾み、歯はジクジク痛むがこの勢いで懇談会に出ることにした。懇談会は思案通り、全く面白くなく得る物もなく、親しくもないお母さま方と愛想笑いと謙遜で時間が過ぎた。歯の痛みはピークに達し、帰りの電車の途中の駅にある行きつけの歯医者に電話するも、GW中につき休診。よりによってGWの初日に歯痛に見舞われなんて。しかし、夕ご飯の準備はせねばらなるまい、早くロキソニンが飲みたかったが、自宅より一駅遠い百貨店に買い出しの為降りる。GW初日で、百貨店は人でごった返し、レジも長蛇の列。我慢してら並んでやっと次の番になったところで、前の人がややこしいカードを提示「失礼します」とレジに助っ人が入ったはいいが、精算途中なので、余計レジがややこしくなりもたつく、と、前の人、レジがもたつく間にカートを返しに列から離れた。思いの外早く精算が終わり、あろうことか次の番の私に「いくらになります」と、精算を促された。当然前の人の精算である。レジ係は前の人が途中で抜けたのに気づかなかったのだ。精算はされず、私の番も止まったまま。歯痛を我慢して1分の1秒でも早く済ませて帰りたいのにとんだ足止めである。やっと前の人が戻ってきてレジ終了。私の番になった。早く済ませるため「カードで。一括で」と言ったにも関わらず「カードですか?」「1回払いですか?」と度ごとに聞き返される。遠い目になりやっと帰宅。ロキソニン2錠(正規は1回1錠)一気に飲んで晩御飯作り開始。

機械に頼り何とか作り上げて薬も効いてきて、平和に終わるハズだった、が、自治会役員会から主人帰宅。四面楚歌だったらしく顔色はさえない、何とか踏みとどまっていたが、些細な子供の反抗で爆発。

次の日も子供はライブに出かけ、怒りは私に向き、いつもは我慢するが、この一連の疲れで私も言いたいことを言って収集付かず。

 

かくして、こっそり荷造りした私は、夫が二階にいるときにバタンと家を出た。

向かうは本日取れたホテルの1室。ダメ元で空室検索したら、目当てのホテルが引っかかってきた。1室168000円。クラブフロア。1名使用は10万円、セミダブルの部屋に案内される筈であった。

クラブフロアだからクラブラウンジでチェックインできる筈、と部屋着(主人が在宅なので余所行きに着替えることがでかなかった)に上着をはおりこれだけはブランド物のバッグ(でも格安のブランドよ)を引っ掛けた私は、不振そうに見るドアマンに「クラブフロア予約してるんだけど、そこでチェックインできる?」と聞いた途端、ドアマンがピッと姿勢をただし、「こちらへどうぞ」と案内される、案内されたクラブラウンジは、なぜか先に飲み食いができ、チェックインしていないのに、バンバンシャンパンを飲む。ゆっくり楽しんだ後チェックインへ。そして「広めのオリエンタルスイートをご用意しました」と案内された。奥の広いドアの横のドアから入ったので、隣はでっかい部屋なのねと思っていたらそちらも私の部屋だった。かくして、1人には余りに大きな部屋の、天蓋付きベッドの横のソファに寝転んでこの記事を書いているのである。

先程トイレに行くと、サウナまでついていて、びっくりした。f:id:minshika:20190428170155j:imagef:id:minshika:20190428170228j:image

望海風斗さまを撮ったあなた

  昨日は大劇場で月組夢現無双」を見ました。

SS席でした(友会で正々堂々と当選した)。

美弥るりかちゃんの退団公演だから絶対見たかったし、SS席なんて夢みたいと思っていました。4/9は始業式のところが多いから、自宅待機のママファンたちも多かったかな。とにかく、4/9は穴場だったんだと思います。

 

SS席とは云え、最前列でもなく、通路側でもなく、どちらかといえば隅っこの席、でもいいのです、美弥ちゃんが近くで見れる。

すてきでした。特に第2部、黒服群舞ではセンターのたまきちよりも後ろの二番手席で踊る美弥ちゃんを見ていました。あんなに軽やかに頑張ってる感じがなく肩の力を抜いて踊れてしかも格好いい、美弥ちゃんのような持ち味の男役さんはなかなか出ないだろうなと残念でなりませんでした。

 

そしてその日は穴場の日だったせいか、ジェンヌさんも観劇に来られていました。

例によって開演5分前に客席にスポットライトが照らされて、パチパチと拍手がおこり、客席にジェンヌさんが入ってきます。3~4人かな。

SS席前から3列目センター(超良席です)に男役さんと娘役さん2名が客席に座りました。男役さんは黒ぶちの眼鏡をかけています。娘役さんは小柄できれいに編み込みのヘアをしています。「だれだれ?」と客席がざわめきましたがまもなく舞台の幕があがりました。

そして休憩。当然2名のジェンヌさんに視線が集まります。きれいな横顔をみつめるうちに、もしかして「だいもん?」となんとなく気づきました。じゃ、娘役は「きーちゃん?」。

ほどなく2部の5分前、もういちどスポットライトが照らされて、ジェンヌさんが入ってきます。みんなガン見です。やっぱり「だいもん」だと思った瞬間、座る列の前の方がカメラを外すことなくフラッシュもたいてだいもんを激写したのです。

舞台は前ですから、わざわざ後ろを向いて直近から。だいもんは下を向いていました。

 

。。。。ファンの掟というか礼儀というものがあります。

曰く、客席にジェンヌさんを見つけても、話しかけず、もちろん写真も撮らず、その時は時を同じくする観客として、見て見ぬふりをするのです。

 

。。。。と思ってきました。

もちろん、私だって、本当はだいもんを撮りたかった、と思います。

でも観劇をしにきていて、おそらく、同期の美弥ちゃんを見にきていたのでは。

そして帰り際耳にしたのですが、きーちゃんは、ありちゃんと同期だそうで。同期が同期を見に来ていたんですよね。

 

帰る際、だいもんは、眼鏡のほかに、マスクもつけていました。

カメラ、、(繊細な、、と思う)だいもんはイヤだったんじゃないかな。

 

と、

4月9日SS席に座って、だいもんを激写した眼鏡をかけたあなた。。。ファンはたぶん失格だと思います。

ファンは見てみぬふりをするものです。。。

 

という中で私は育ってきましたけどね。

 

これだから、ヅカファンて怖い。。と思われるんでしょうかね。

着物好きだとたまによいことがある。

着物好きはこじつけが大好き。

強烈にひかれた帯。

二部式帯はもう買わないと決心したその日に、皮肉にも惹かれたのは二部式帯

ウィリアム・モリスのテキスタイル。

その図柄はピンパーネル。

ヅカファンならその言葉に動揺する。

さて 到着した日は、奇しくもウィリアムモリスの誕生日であった。

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3年目

 ブログを開設して3年目なんだそうです。

今日はてなブログからメールがきました。

 

3年、あんまり、進歩ないな。

散々DisったRizapは全く効果なし、でリバウンドだし。

お洋服1枚も買わない決意、をこの3年に2回したのに、3月は悪魔の誘惑で、ミナを買ったし。

和服1枚も買わない決意、は今年初だったけど、あえなく、帯を買ってしまったし。

 

だけど、1月から節制はしたので、もう少しで私的大台達成(貯金額が)になりそうなので、それは何としてもDoneしたいものだ。これはある会社を辞めてから6年目にして届きそうで届かなかったので。

ま、それくらいかもです。

キラいになれない。

 以前、「着物嫌い一歩手前」という記事を書いた。

 

minshika.hatenablog.com

 その頃は、無駄遣いをせず貯蓄も増えていて「いいぞいいぞ」という時で、欲しくなりそうな物を見てもぐっと我慢ができた。これで金食い虫の着物を嫌いになれれば、最低でも興味がなくなれば、順調に進んでいくはずであった。

 

  3月に入り、昨年23万円を使った着物の展示会は何とかやり過ごせた(インスタを見ても触手がわかないばかりか、直メールがやってきて余計嫌になった。)直接の宣伝メールの上に、着付けの先生から「来週はそちらにおでかけかな」と同様な宣伝メール(先生には宣伝の意味はないので挨拶がわり?)。しかし、インスタを見て唯一いいなと思った帯留めをゲットしていたのはさすがであったけど。

 着物の先生である。劣等感を刺激されるので、こちらからは連絡を絶って、いたのに、あろうことかむこうからメールが来てしまった。

 そして、昨年着物を着ておでかけをしたいがために、着物を通じて知り合った着物友達というべき人を誘いまくったのに、全くのってこないし、おでかけもできなかったので、こちらも切ろうと思っていた矢先、向こうから連絡がきた。それも先生の次の日である。正確に言うと次の次の日だ。うれしくなった私はついつい自分から次の日に先生に連絡をとってしまい、あろうことか観劇のチケット手配までがんばることになってしまったのだ。

 

 何だかその人は着付けの先生に取次ぎをしてもらいたい様子。行間を読み取った私は「では一緒に教室に通いましょう」と提案をしてしまった。おまけに先生との橋渡しもかってでた。

もう、重症である。

 

ここで私の我慢の尾がぶちっときれた。

見て見ぬふりをしていた次の展示会に連絡を入れ、昨年なら欲しかったのに、とあきらめをつけていた帯の取り置きをお願いしたのだ。

この帯のおそろいのバッグ2種はインスタでチェック済み。もし引き取りに行った店頭にそれが置いてあれば、恐らく私は手に取るだろう。

これでも止まらず買い物癖が復活し、今日は次々とネットショッピングをした。いわくアトリエナルセの新作のスパッツにソックス、秋の演目にぴったりな薔薇のブランドもののバッグ、財布である。

堰を切ったように、買い物癖がもどる。

これって禁断症状から抜け出れなかったということなのかな。

発端は着物友達からの一報であるが、冷たく切れなかった私の弱さというか着物への未練というか。買い物を禁断し始めて気づいたが、一度「ほしい」と心に刻まれたものはなかなか消えない。機会があるごとに目にちらつき、販売期間が過ぎても必ず手に入れてしまおうとする。その場合、期間が過ぎているだけに手数料などかかったり、品物が古くなったりして、より大変である。しかし手に入れたいと一度思うとなかなかしつこく心に居座る。なので、あの帯も悔いがないように他の物も買わなければならない。その際欲しい心を次なるものに火をつけないようにしないと。

 

買い物癖が戻ってがっかりしたが(以前より買い物に対して罪悪感が芽生える。)

これを逆手にとって、先生のレッスンまでにがんばって体重を減らそう。もう「大きい人」といわれないように。

健康的な食事、控えめな夕食、ウォーキングでやせよう。

そしてもう一つ逆手にとって、せめて1回ずつは手を通せるよう買いまくった着物をきていこう。

バカ高い満足代

 着物は自己満足の極み、といったことを以前書いたことがある。

現在2014年からの個人消費の支出明細を入力しているのだが、とんでもない結果である。(いずれ落ち着いたら猛省を込めて記事にしようかと思っている。だが金額が金額なのでまだ書く気分になれない。)特に着物関連がひどい。着物に凝りだしてから支出は上昇の一途をたどっており、自分のことながら空恐ろしくなる。

今年は過去5年間の同月のものを比較しているので、何とか自分を戒めていられているのだが。

 

 さて、3月と言えば、春着物の新作展示会が開かれる(過去私支出参照)。

昨年は2つ贔屓にしていた着物屋の展示会に行った。2つなので合計2回である。

使用した額は、1回目は10万円、2回目は23万円であった。これだけでクラクラする。一昨年はもっとひどく1回目の10万のところは、5万で済んだのに、6月にまたその着物屋の展示があり15万ほど使っている。

 

着物って高い。と思う瞬間である。お手軽な半幅帯が3万5千円する。ぱっと手に取ったバッグは3万円、気軽に買おうとした小銭入れは5千円。と手に取るが最後後戻りできない感覚で商品を積み上げる。

別にそんなに勧めてくる着物屋ではない。友達感覚で楽しくおしゃべり、私がいい所を見せようとすべて購入するからこうなる。「じゃ、こちらも」と手に取ったものをどんどん買っていくと、戸惑ったような表情になり、果てはタオルやら文具やらをおまけでつけてくれた。3月なのにカレンダーを「取っておいたんです」と一緒につけてくれる。しかし、そのおまけ、全く使用しない。

話は楽しい、あれこれ帯を選んだりして相談にのってもらうのも楽しい。着物展示会なのに全く人が来ない時もある。しかしものの30分で切り上げてしまう(根がせっかちなため)。一昨年はたくさんおまけをいただいたので、こちらからは地元のブランドのハンカチを贈ってみた。とても丁寧なお返事をいただいたが、なんとなく丁寧すぎてよそよそしい感じ。それもそのはず、こちらは友達だと思っていたがあちらからみたら私はお客なのだ。本当の友達になれるわけがない。

だから、しばらしてインスタでながめた着物の通販を頼んだ時も(以前書いたがしつこく)、私のことをわからないばかりか通販も断られた。

結局、あの展示会の親し気な時間は何だったのだろう。

今年ももうすぐ展示会がある。インスタには昨年だったら購入したかった半幅帯の写真が載った。しかし、しかし、もうあの満足感を得るために、バカ高い費用はもう払いたくない。満足感だって、うすっぺらなものだった。と今になってわかる。