日々の切れはし 〜50才からの目線〜

平穏で静かで小さな発見がある。一見何と言うことはないこんな日々を積み重ねると人生というタペストリーが織り上がる。小さな日々の切れはしを誠実に積み上げていくことこそが幸せ。そして幸せになるための工夫、幸せのための時間を確保するための効率化、努力を精一杯。

席の謎

 歌劇のチケットはなかなか取れない。

友の会も当たらないし、前売り発売日はオンラインサイトにつながらず、つながった時にはハイエナが食い荒らしたようにほぼ何もないか、おこぼれがほんの少しあるばかり。

前回ランチショーに行った際、お隣の人と「チケット取れないね」という話になった。

ゴールド会員限定の貸し切りなら取れる可能性ありとか。それを聞いてカード申し込みしてみたけれど、貸し切り公演は大体休日の15時から。できれば平日の午前中公演がいいのだけれど。あるいは初日や千秋楽のプレミアか。

 さて、先日普通の平日の午前開始公演に行った。いい席にしたいから仕方なしにオークションでまぁまぁの席を手に入れた。けれど割増料金はもちろんある。

退団もお披露目公演でもないし平日だから、比較的空いていた。満席ではなかったと思う。

開始5分前、大体の人が席に着いた頃、パチパチと拍手が鳴り、一目でヅカジェンヌとわかる一団が入ってきた。総勢10名程度。銘々の席についたが、いずれもSS席だった。センターブロック3列目。

比較的新人ぽい人はバラバラだったが、次期トップの人は中央に4人ばかり隣り合わせで座った。

公演も、違う組のスターも見れてファンとしては幸せなひと時だった。

さて、次の公演の初日のチケットを取ろうとして毎日苦戦しているが、結局友の会もオンライチケットでも手に入れることはできなくて、またオークションのお世話にならざる得なくなった。席数は限られているし、日にちと都合を合わせるとそこに手を染めざるを得ない人は多いと思う。

 ふと思いついて今迄座ることができた席をプロットした。

見事にSS席センターブロックはなかった。いい席と思っていた席もサイドブロックか、もっと端のS席の2列目以降。

すなわちセンターブロック3列目まででSS席というのは皆無だった。

「客席降り」というものがある。

公演の最中に客席の間の通路にスターがおりてきてハイタッチできるというものだ。

大体SS席センターブロックの通路側しか恩恵に預かれない。

友の会で唯一SS席が当たった時も、1列目だったがサイドブロックだった。

歌劇も会社の一部なので、もちろん優遇枠というものは設定しているだろう。

しかしSS席センターブロック3列目をジェンヌさんが座るということはそこに当たらなかったお客さんがいると思われる。

そんなことを思った1日だった。

 チケットが入手困難であればあるほど、歌劇の人気があり寿命が長くなるということなので、たやすく手に入らない方がいいのかもしれない。

 プレミア感のあるSS席センターブロック通路側。いつか通常料金で手にいれてハイタッチしよう。

広告を非表示にする

強欲

 ファンというのものは、つくづく欲が深いと思う。

朝夏まなとさんの千秋楽に行けただけでもよかったのに。

千秋楽がよかった。良すぎた。

次の日も朝夏さん関連のニュースを検索し、見れなかった劇場外のパレードのインスタを見たり、朝夏ロスをひきづっておりました。

東京と大阪でディナーショーがあるのは知っていたけれど(千秋楽に寿組長が紹介した)。ディナーショー イコール ディナーの時間なので時間制限のある主婦は行けないと思っていた。

せめて東京千秋楽のライブビューイングでも見に行くとしても11月19日は日曜日、やはり主婦一人の行動はできません。(ウチの場合)。

インスタには東京のディナーショーに向かう人や内容を書いている人を指をくわえて読んでおりました。

昨日も検索を繰り返していると、曲の中に、「闇は広がる」with 桜木みなと。

えっ

2017年8月に書いたブログに

「朝夏さん「闇は広がる」歌ってくれないかな。お相手は桜木みなとくんで」と書きました。

更に検索すると、大阪でもランチショーがある。

ランチなら、行けるかもしれない。

その日は、新しい着物友達と白洲正子展を見る予定でした。もちろん着物で。

ディナーショーにおしゃれしていくお客さんのインスタを見ていましたが、

新阪急ホテルインターナショナルのショーなら、お着物ありなんじゃない?

白洲正子展の時間をずらしていただき(素直に理由を言って)、ランチショーのチケットをポチっとしました。

お値段は、千秋楽で落札した値段とほぼ同じ額。

千秋楽と比べてランチショーだったら、お食事がついている分お得かなと麻痺した感覚で思いました。

ファンとは全く強欲で、ラストという言葉に弱い。

しかし朝夏さんにこんなにも最後に心を鷲づかみされるとは思いませんでした。

2014年の100周年に、ちょうど仕事を辞めたこともあって歌劇場に本格的に足を踏み入れました。2015年の朝夏さんお披露目公演「王家に捧げる歌」では、ヅカファンなら1公演1度は足を運ぼうと半ば義務で行きました。ちょうど2回目はこちらに来ていた母と3回目はお誕生日祝いに後輩と。どれもS席すべて直前に普通に手に入れることができました。(それだけ空いてた?)。

そして3回観劇した3回とも、ハラハラするところがありました。ソロの踊りで衣装が足にひっかかったり、よろけたり、劇中いいよどみがあったり。

短期で退団してしまった前トップさんの後は大変なんだろうと思っていました。

2016年最初の公演シェークスピアは観劇せず(行っておけばよかった)、このまま宙組は見ないのかと思っていましたが、次の公演は「エリザベート」。2014年の花組エリザベートもそれはそれはよかったのですが、エリザと聞いたら観にいかない訳には。私の誕生日の公演にチケットを取りました。

そして合計4回も行くほどはまりました。その内1回は舞台装置不具合で、まさに「闇が広がる」を歌い終えたときに、黒子さんがルドルフとトートを引っ張っていったのがレアでした。でも10分ほどで復活。本当に劇場のスタッフってすごいと思います。

エリザを見たので満足と思っていたら、次の「王妃の館」は、ちょうど姪っ子が大学受験にこちらに来るのでそろって観劇することに。見ておいてよかったです。

そして退団公演。これは旅行会社の宣伝文句で退団を知りました。エリザよかったし見ておくか、と思って取ってから、上田久美子先生の作品にはまりにはまり5回観劇しました。クリスタルビジューも見れば見るほどよくて、今も音楽が頭の隅で鳴っています。

「王家」ではハラハラするところもあったけれど歌も演技も上手でした。

「エリザ」の時は完璧なトートだったし、「最後の最後まで進化し続けます」と言い切る朝夏さんの努力の賜物で、その努力の姿に惹かれるのだと思います。

手を抜けばすぐお客さんに伝わるだけに、進化する努力を惜しまない朝夏さん、本当に最後に観に行きます。

 

広告を非表示にする

わたしの席の隣だった人

 だから、隣の席は星組トップスター紅ゆずるさんだったかも、と妄想するのはおやめなさい。と思うのですが、今日は(自分的に)「歌劇DAY」なので妄想にお付き合いください。(だれもつきあわないか。。。)

当日、トップスター退団の千秋楽は初めてだったので、珍しくてあちこち見る内に席に到着するのが遅くなりました。それにS席とはいえ、端っこゾーンの真ん中あたりなので一旦座ったらお手洗いに出られない、と開始ぎりぎりまで席につかずうろうろすることに。とはいえ、12時30分開場と同時に席のチェックと席に張り付けられたペンライトはバッグに入れておきました。

そのままスパークリングワインを飲み、ラウンジへ。お気に入りのから揚げをいただくことに。から揚げは最後の1パックだったらしく、私の注文と同時に「売り切れ、次回は幕間いになります」(うろ覚え)といった札がはられました。隣のおじさんが残念そうに「売り切れ?」と言っておりました。最後の1個をゲットしたことで私の運は向いてきたのでしょうか、席につこうとすると、どうみても私の隣はヅカの方。

さっと足を引っ込めていただくだけでスムーズに席までつくことができました。

それにあんまりじろじろ見るのもなんだし、と普通にしていました。

劇中はまぁさまの世界にいたので隣は全く気にならず(というよりもう一方の隣の席の方が相当のファンのようで手拍子完璧、でそのタイミングについていくのに精一杯だった)。

妄想紅さんは、双眼鏡で劇をよく見ておりました。

わたしはパッと見で、ヅカの生徒さん(その位若く見えた)と思っていたので、ふむふむ先輩の演技を勉強しているのだなと思っておりました(オイオイ)。双眼鏡を出す場面はまぁさまのみならずマリア皇太后、オリガなど銀橋にくる演技のとき見ていた感じです。

「神々」は5回目なので、どの場面でまぁさまが現れるか、どこからうららさんとかぶるのか知り尽くしていますので自然と目が動くのですが、紅さん(すでに妄想でなくなっている)ははじめてのようで、視線が違っていました。

「神々」は涙の内におわり、右隣の方はほぼ号泣。私もハンカチを出して涙をぬぐいました。生徒さん(この時はこう思っていた)は静かにしていました。

休憩中も、いつもは10分ほどで終わるトイレが大人数ですごく時間がかかり、私はパレード準備の劇場外も見学したくて、劇場を出ました。(いつもの公演と違い黄色の再入場券をもらいました。人数が多すぎて、チェックできないから?)。さよならショーを含めると第2幕以降2時間くらいかかるので、またトイレに並び、とうとう開始5分前のすみれの花が鳴ってしまい、でもトイレの中に。2分前位にやっと席にもどりました。

そのとき、紅さんは文庫本を読んでいました。

ヅカの人って教養あるなぁと思った一コマです。

第2幕の手拍子も私と右隣の人は完璧だし、音がよく聞こえるように大きく拍手していましたが、紅さん(どっちなんだ)は小さく小さく手拍子をしていました。ヅカの人はこんな風に手拍子するんだなと思っていました。

そこまでは生徒説のまま私の中で固まっていたのですが、前のブログに書いた通り、

シェークスピアのWill in the worldの前奏のときにペンライトを手にし、周りはどうして準備していないのだろうとちょっと見渡してカチッと正確にペンライトをつけました。それをみて慌てて私もカチカチとライトをつけ音楽に合わせようとしたけれど、結局隣の紅さんに振りを合わせることにしました。その時私は紫で紅さんが白色のペンライトだと気付いたのです。ペンライトは歌が終わった後さっとバッグにしまわれ、何だか席を立ち去る準備をしているようでした。ここで帰らないだろう?と思ったのですが、さよならショーが終わり舞台が真っ暗になって寿組長が表れたちょっとした間にパパっと立ち上がり出て行ってしまいました。

そしてまぁさまへの花束贈呈となるのですが、寿組長が「同期からは星組トップスターの紅ゆずるが駆けつけてくれました」とした瞬間。あれ?と思ったのです。

もちろん服はキラキラしたジャケットだったし、席に座っていた時とあきらかに違うのですが、あのタイミングで席を立ち、メイクと衣装に着替えたら丁度間に合う。

更に今日紅さんのなるべく素顔に近い画像検索している内にもしかしたら、と思ったのでした。そうだったかもしれないけれど全然わからなかったと子供にいうと「オーラ消してたんじゃない?」と言われ、やっぱりオーラってつけたり消したりできるのかしら。靴はちらっとみたけどローファーで茶と紺みたいなのだったし、服は忘れてしまったけれど、バッグはどうみてもそんなにいいものじゃなかったような。ブランド品を身に着けている(特にバッグ)ヅカジェンヌを見慣れているために、逆に生徒さんだと思ってしまったりして。

もしそうなら、すごく華奢で繊細で賢そうというイメージで、やっぱりファンになってしまいそう(そこ?)

けれど本当によかったのは、「生徒さんですか?」と話しかけなかったことです。

紅さんだったとしたら余りに失礼。でもね、話かけられないような透明なバリアがある感じでした。それもスター?

10月は「ベルリン、わが愛」をもちろん観に行きますが、紅さんだったかどうかなんてわからないだろうな、そう思っていた方が楽しいけれど。

 

まぁさまロス

f:id:minshika:20170926100433j:plain

今日だけは、まぁさまと呼ぶことを許していただこう。

 宝塚歌劇創立100周年からのにわか歌劇ファンだけど、ファンクラブにも入っていないけれど。単語も真性のファンの方からみたら間違いがあるかもしれないけれど。(スミマセン)

昨日は宙組の千秋楽でした。イコール朝夏まなとさんの退団公演、大劇場最後の日です。

トップさんの退団公演に足を運んだことはありますが千秋楽ははじめて。

娘役さんのさよならショーは行ったことがあるけれど、トップさんのさよならショーははじめて。

13時開演なので、12時過ぎには到着。ブルーシートやパレードのためのテープが劇場すぐ外に貼られて尋常でない雰囲気。

すでにテープの前には人が並び(閉演までまだ5時間以上あるというのに)、大劇場入り口まで人が多すぎてたどりつくのが困難なくらい。

いざ足を踏み入れると、白白白の嵐。

一応私も舞台から見える部分の上半分は白のワンピースにしたけれど(全身白の勇気はなかった)、迷った紺のワンピ(イレーネの従軍看護婦衣装に形が似ている)はやめておいてよかった。

 9月25日は、まぁさまの日ごろの行いが良すぎるからと思うほどの快晴。半袖のワンピースで丁度でした。「神々の土地」は5回目の観劇だけれど、(あのロシアのコートの衣装に合わせているのか)クーラーが効きすぎるくらいだったのでストールも用意したけれど、結局会場の熱気で一度も取り出すことがなかった。

4回目の観劇の時はお隣のかわいい女の子がまぁさまが出るたびに泣いていたけれど、この千秋楽、まぁさまのアナウンスから拍手拍手、涙なみだ。

「神々の土地」は泣き所が多くて、退団公演でなくても涙がこらえられなくなるだろうに、上田久美子先生、酷すぎる才能です。

「クリスタルビジュー」、一番感動したのは、最後の黒燕尾の群舞のキメのところがいつもより長く長く続いたこと。まぁさまにスポットライトが当たったまま大きな拍手がなりやまず、オーケストラさん待っていてくれたんだと思う。

さよならショーの前の寿組長のまぁさま紹介で、スクリーン一杯に今迄の功績というか映像が流れた(ラインダンス時代からです)、2014年からしか知らないのでスカーレットやドラキュラが見られてよかった。

さよならショーは笑いがありすぎてまぁまかコンビが最高でした。ソーラン節、かなり後ろの席までまぁさまの客席降りがあって、今まで前の席が取れても、どういう訳がいつも客席降りの反対側に座ってしまう私なので、もちろん、握手もタッチもできなかったけれど、立ち見のお客さんまでライトがあたるくらい降りてきたのは、本当にお客さん思いだなと思いました。

北白川先生もトートも大好きで「最後のダンス」の前奏が流れたら総毛立ちました。

シェークスピアの「Will in the world」の時には、用意されていたペンライトをお客さんが扱いなれないまま何とか点灯して曲に合わせて振り、気づくと私は紫お隣は白で、紫白紫白と1個置きにライトの色が違うという芸コマ、用意したファンの人たちはすごい努力だったと思います。あの客席からの光はまぁさまにどう見えたのだろう、いつまでも目に残るといいなぁ。

私の左隣の席にはどうみてもヅカの人が座っていて、とってもお行儀がよくて、休憩時間には文庫本を静かに読んだりなんかして、もちろん無粋に話かけたりはしなかったんだけど、Will in the world の前奏でペンライトをいち早く点灯していたから、「やっぱりできる」と思っていました、ら、卒団式(正式名称わからず)の前に退席。

おけいこがあるのかしら、と思っていたら、最後のまぁさまへの花束贈呈で星組の紅ゆずるさん舞台に登場。さきほどのヅカの人が退席したタイミングとばっちり合いすぎてまさかと思ったけれど、さすがに客席にいたらわかる筈なので、気のせいと思っています。(でも考えるとそうかもと思う気持ちもあったり、もしそうならあんなに密かで賢そうで静かな人なのかな、静かに泣いていましたよ、拍手も静かでした。ペンライトを暗闇で正確にパチッとつけてましたから、賢さが伝わりました。違ったとしてもすてきなヅカの人でした。)

 卒業の緑袴4人の娘役が続いた後、ビジュアル的にも絶対燕尾だと思っていたら、黒の燕尾で登場、舞台の上では最後の最後までお客さん思いのまぁさまでした。(後で緑袴姿の写真を見たけれどその笑顔もすごくよかった。)

カーテンコールを何度もしてくれて、それもエリザベートの千秋楽のときからわかっていたけれど(退団者1名にまぁさまが寄り添ってのカーテンコールだった)。さすがに6回とは(時間的に無理で5回目で出た、歓声があがっていたからまた投げキッスしてたのかなぁ)

そんなこんなでドキドキで涙涙の退団公演は終わってしまい、まぁさまロスに悩まされております。

 (写真:5回の観劇記念のワインとカクテルのグラス、と千秋楽のペンライト

公演にちなんだカクテルはいいお商売だと思います。もっと売り上げて歌劇に発展あれ)

 

広告を非表示にする

歌劇 「神々の土地」

昨日観劇しました。

エリザべート以来目覚ましい発達をしている宙組朝夏まなとさんの退団公演です。

感想は、

あえて主人公を出さない第一場、荒涼とした雪原でのダンス、大階段を効果的に使った衛兵式と暗殺シーン。

精緻な時代背景(ニコライ、アレクセイ、主人公ドミトリーはともかくラスプーチンまで実在)。皇妃アレクサンドラはドイツからとありましたが(そこは創作?)血友病の下りがあって血友病遺伝子は確かイギリス王朝?とあとで調べてみると血友病のアレクセイ(皇帝一家の唯一の男の子で継承者の筈だった)は本来はイギリスから輿入れしたアレクサンドラの血だとわかり、さすがさすがの上田久美子作品です。

(昭和に理科を習った人は、血友病の遺伝子を消すまでのイギリス王朝の家系図を思い出すことでしょう)

雪原のダンスシーンは見事。荒涼としたロシアの平原、吐く息の白さまで演じた朝夏さんの演技でわかる気温とは裏腹にダンスをして暑くなってコートを脱ぎ捨てて踊るところがよかった。

これだけは創作上の人物イリナとの二人のシーンはいつもドキッとする。

最初の雪原でのダンス、舞踏会でのダンス、「ぼくが呼べば帰る約束だ」と皮肉にも自分の婚約式にイリナを呼ぶ手紙、最後の散策で「あなたが教えてくれた教科書は役に立たないロシア語ばかりね」と教科書を揶揄しながら熱い気持ちを伝えられないロシア語のもどかしさ、そして「この人はそんなこと勧めない」とイリナを理解するドミトリーのセリフ、最後の「結婚前の呼び名で君を呼んでみたかった」と未亡人イリナを結婚前の「イレーネ」で呼ぶドミトリー。

あえて娘役トップに収まることなく、最後に印象的なこの役を残して伶美うららさんは去ってしまうところも、はかなくて宙組らしくてよかったなぁ。

 

 

で、1日目では終わらずまたオークションで千秋楽のチケットを手に入れてしまった。

お値段は、正規の7倍程度。明日海りおさんのエリザベート千秋楽は5倍程度だったので値上がりしたのか。トップのさよならショーはさすがに初めてなので、朝夏さん、エリザベートの「闇は広がる」歌ってくれないかな。お相手は桜木みなとくんで。

グローブトロッター顛末記

 朝香さんのブログ、着物カンタービレでグローブトロッターが紹介されていました。着物がピッチリ入るそう。朝香さんはアイボリーのサファリを所有していてとてもお似合いでした。

 毎日着物を着る訳ではないし、私の外見からはサファリはイメージが違います。ネットサーフィンする内に限定版のエミリアにひかれました。薄いピンクにグレーの配色で、サファリの金の金具に比してエミリアは銀の金具。グレーのベルトともよく合います。一目で惹かれたのですが、ピンクが少し可愛い過ぎないかひっかかりました。欲しいんだけど似合うだろうか?結果安全パイのコロニアルブラウンをヤフオクで定価より安く落札し決着がついたつもりでした。しかし、ヤフオクから出品者の都合で1カ月ほど先にしか配送されないことなどから、限定版のサファリユウゼンを購入したのを以前のブログに書きました。サファリユウゼンは、21インチ。もう少し小さいサイズも欲しくなり18インチを物色していると、またエミリアに目が行きました。並行輸入品なので定価より安い。悩んだ挙げ句、やっぱりほしいベルト付エミリア20インチと、ずっと安くなっていたサファリの18インチを買いました。(21インチはサファリユウゼンがあるので買い控え)

しかしサファリが到着し、エミリアと比べた結果、エミリアが断トツで好みだったため、サファリを返品し、エミリア18インチに。これでサファリユウゼン21インチ(着物ケース付)、エミリア20インチ、エミリア18インチに。まだ到着しないコロニアルブラウン21インチはほぼ不要に。到着後即買取に出す予定(ヤフオクはキャンセルができない)。

 熟考したつもりが、結局最初にほしいと思ったエミリアに落ち着き、余分な買い物や返品交換手数料まで発生。サファリユウゼンも返品出来ず完売前の最後の一個となっては手放すのは惜しい。これなら初志貫徹で着物がピッチリ入る21インチと小旅行用18インチをエミリアで揃えた方がよかったし、多分その二つの倍金額が発生した計算になりました。相変わらずお買い物力、低いです。

そして

 50才の誕生日の続編です。

レストランの予約は19時だったので、17時には着付けを開始しないと。と16時半に庭と畑に水やりをし、スタートしようとすると公文に行くバッグがみつからないと子供とすったもんだ。結局心配性の私がロッカーにかけておいたのを服が邪魔して見つけられなかったことが判明。ご機嫌ななめの子供をようよう送り出し17時10分ごろ着付けスタート。猫や犬に邪魔されながら汗をかきながら何とか完了。と、雷が鳴りすごい勢いで雨が降り始めた。夕立?すぐ止むよね?と窓を眺める。

びしょ濡れで子供が帰ってきて「母さん、絶対着物をやめたほうがいいよ」。と説得される。雨はまだ止まず、あきらめて帯をほどく。

子供に頼んだ犬用のスポーツドリンクは、雨のため買ってこれなかったので、服に着替えた私が買いに行く。

仕事帰りの夫とは現地で待ち合わせ。

スポーツドリンクを温めて犬に飲ませ、洋装で出かける。

せめてと、着物に合わせる筈のナンタケットバスケットをもって。

外に出ると雨は上がっていた。

地味なワンピースに着替えた私は、レストランの最上席に案内されても気分は乗らず、花束、記念撮影、デザートの皿に書かれたメッセージなどうれしかったが、二言目には「着物だったらなぁ」とため息。みかねて子供が「51才の誕生日に着たらいいじゃん」と。

帰りはしっかり雨も上がりきり、出かける直前ピンポイントで降ったことが判明。

思っていた通りではなかったがレストランで家族水入らずで祝ってもらえるのは幸せなことだった。帰宅すると子供がベルばらの3色ペンをくれた。明日は夫に浴衣を買ってもらう。

そして、昼間は実母からメールでおめでとうをもらった。

他の人からのお祝いメッセージは1通もなかった。

つい最近誕生日祝メッセージを送った後輩やら、2,3年前まできちんと送ってくれていた少し憧れの准教授からのメッセージも来なかった。

夜、具合の悪い犬に付き添いうとうとしていたら、突然、ひたひたと水が部屋に流れてくる感覚を得た。想像の水は部屋を満たし海水に浮かんでいるような気もちになった。

世間と隔絶して家族と誕生日を祝った私。50才を心して迎えた割にはハプニングもサプライズもなく誕生日を終えようとしている。

海に浮かんで感じたのは、「孤独」と「自由」。

メッセージが来なかったのが直接孤独に結びついたのだが、孤独とは自由なんだなぁと思った。自由な50代に突入したのだ。

世間からどう思われているという他人軸から自分へ軸を移せるのが50代か、と悟ったのであった。

 

広告を非表示にする